親善大使

舘野泉

1 top photo Izumi Tateno

プロフィール

「左手のピアニスト」として知られる。東京芸術大学を卒業後、27歳だった1964年にヘルシンキに移住、後にフィンランド人声楽家のマリアと結婚。2002年1月、タンペレでリサイタル中に脳出血で倒れ、右半身に麻痺が残る。その2年後に左手だけで演奏を行うスタイルで復帰。ヘルシンキと日本を拠点とし、80歳を超える今も世界中で年間50近いリサイタルを行う。フィンランド政府が終身芸術家給与を授与。日本シベリウス協会最高顧問。

 

「外国でピアノを勉強する考えは
まったくなくて、ただ新しい世界に
触れてみたかった。そのときに行きたい
と思ったのがフィンランドでした」

  • ヘルシンキで声楽家のマリアと出会い、後に結婚
  • 舘野は演奏活動の合間にフィンランドに戻り、時間があれば湖畔の別荘へ向かう。水の姿を見ていると飽きることがないという
  • 福島県南相馬市と交流がある舘野は、東日本大震災後の2011年8月、ヘルシンキのテンペリアウキオ教会でチャリティコンサートを実施。収益は全額、南相馬市の市民文化会館「ゆめはっと」の復興のため寄付された。2013年、舘野はフィンランドのラ・テンペスタ室内管弦楽団と一緒に「ゆめはっと」で演奏。外国の楽団として初めて、原発事故後の被災地に入った。

インタビュー

舘野さんとフィンランドとの長い関係は、どのように始まったのでしょうか。とくに音楽にひかれたわけではなかったと聞きました。

小さい時から本を読むのが大好きで、手当たり次第に読んでいました。中学生のころにノルウェーの作家が書いた児童書に出合い、北欧に興味をもちました。当時、北欧の文学作品はあまり紹介されておらず、古本屋で見つけては買っていましたね。高校時代にはカレワラ(フィンランドの民族叙事詩)に夢中になり、(フィンランド出身のノーベル文学賞受賞者)シランパア著の『若く逝きしもの』にも感銘を受けました。この本は今でも時々読むんです。ドラマチックではありませんが、静かな慎ましい語り口に胸を打たれます。

通っていた高校で、海外と文通したい生徒がいれば仲介すると言われ、スウェーデン、ノルウェー、デンマークとフィンランドに手紙を出しました。でも、返事があったのはフィンランドだけ。僕は当時16歳で、フィンランドのペンパルは10歳の女の子でした。

10歳の女の子!まだ彼女とやり取りはあるんですか?

はい、まだ健在ですよ。僕が芸大に入ったころ、セリム・パルムグレンのピアノ協奏曲の楽譜を送ってくれたんです。日本では聞いたこともないフィンランドの作曲家でしたが、ピアノで弾いてみたら素敵な曲だった。当時ピアノを習っていたポーランド人の先生に楽譜を見せると、彼はこの曲をベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で弾いたことがあり、オーケストラの楽譜もパート譜も全部持っていたんです。芸大のオーケストラで演奏しないかと掛け合い、山本直純の指揮で2回演奏しました。パルムグレンの『ヴィルタ(流れ)』という曲で、日本初演は僕がしたんです。大学2年のときです。

それで1964年には、ヘルシンキに住むことを決意されたんですね。

大学を卒業して2年経った1962年、初めてヨーロッパを旅行しました。パリやミュンヘン、モスクワ、北欧諸国を訪れ、ペンパルがいるヘルシンキには2カ月滞在しました。そこで、彼女の家族や周りの人々から良い印象を受けたんです。慎ましい暮らしながら誇りをもっていて、自分たちを大切にしていました。(育った環境との)共通点も感じられて、静かな環境が気に入りました。
日本に帰国後、演奏活動で忙しくなったのですが、日本だけでは過ごしたくないという気持ちがありました。外国でピアノを勉強する考えはまったくなくて、ただ新しい世界に触れてみたかった。そのときに行きたいと思ったのがフィンランドでした。

音楽家としてのフィンランドとの関係についてお話いただけますか?

日本とフィンランドは、音楽面ではずっと良い関係にありました。まずシベリウスがいて、古くいえば侯爵の近衛文麿がフィンランドでオーケストラを指揮し、シベリウスを演奏したこともあります。(日本フィルハーモニー交響楽団を創設した指揮者の)渡邉暁雄の母親はフィンランド人の声楽家で、彼はフィンランドの曲、主にシベリウスをたくさん指揮していましたね。
僕もフィンランドに住みはじめてからは、日本に帰るたびにフィンランドの曲を演奏し、日本でもフィンランドの楽譜が手に入るように尽力しました。そうやって、フィンランドと日本の文化交流が非常に活発になってきたんです。

フィンランドには立派な演奏家がたくさんいます。チェロはとくにいい。シベリウス以外でも、エイノユハニ・ラウタヴァーラやユルヨ・ヘンリク・キルピネンなど素晴らしい作曲家が多いのに、日本ではまだまだ知られていない。もったいない話だと思い、1985年から10年間、「フィンランド音楽祭」という名のもとフィンランドの演奏家を日本に招きました。

もちろん、日本にも素晴らしい音楽家がたくさんいる。それをフィンランドにも知ってもらいたいと思って、オウルンサロ音楽祭を1997年に創設し、10年間監督していました。

皇后陛下美智子様とは、天皇陛下がまだ皇太子だった時代にお二人でフィンランドを訪れた1980年代からご交流があるとか。「左手のピアニスト」として復活されて間もなく、駐日フィンランド大使館で開催されたコンサートについてお聞かせいただけますか?

2005年に開かれた「美智子様のコンサート」ですね。美智子様はシューマンのピアノ四重奏曲やモーツァルトの五重奏曲を弾かれました。当日、実はサプライズがあって、美智子様と私が「三手連弾」を披露したんです。でも三つの手用の曲は存在しなかったので、作曲家の吉松隆に曲を書いてもらいました。

美智子様はシベリウスがお好きなんですよね。

ええ。(1993年に)赤坂御所に招待されたのですが、そのとき美智子様は言葉を失われていました。シベリウスの曲を数曲弾いて失礼するつもりが、天皇陛下が「もっと弾いてください」とおっしゃった。妹と連弾したときは、天皇陛下が別の部屋から椅子を持ってきてくださった。それから美智子様が筆談で「私も弾いてもいいですか」とおっしゃり、シベリウスの『樅の木』を弾かれたんです。その後一緒にお食事し、結局3時間くらい滞在しました。
翌日、紀宮様からお電話があって「母が大変喜んでいた」とお礼を伝えられました。そして「私には母が昨晩、話したように思えました」とおっしゃったんです。あとで知ったのですが、お電話をいただいた日、美智子様はささやき声ながらも、ゆっくりと一つの文章をお話になられたそうです。それを知って、深く感動しました。

フィンランドに移住して、もう50年以上経ちます。音楽家として、フィンランドからどのような影響を受けたと思われますか?

僕はフィンランドの自然が大好きなんです。人々も自然のなかに入って生活している。夏は別荘で過ごすのですが、湖の水が光を受けていろんな具合に光るんです。水の姿を見ていると、飽きることがないですね。滝のように流れてきた水が、平なところでは静かになって。自然の現象がさまざまな出方をしていて、それがフィンランドの音楽にも表れていると思います。

日本とフィンランドの関係は、今後どのように発展していくと思われますか?

音楽の良好な関係が今後も続くことを期待します。2019年5月20日から30日まで、東京、札幌、函館、福島、福山の5カ所で100周年記念コンサートを開きます。5月25日に東京オペラシティで開催するコンサートでは、シベリウス、ノルドグレン、ラウタヴァーラ、そして光永浩一郎のピアノ協奏曲も演奏します。たくさんの方々が来場し、楽しんでくれると嬉しいです。

インタビュー

舘野さんとフィンランドとの長い関係は、どのように始まったのでしょうか。とくに音楽にひかれたわけではなかったと聞きました。

小さい時から本を読むのが大好きで、手当たり次第に読んでいました。中学生のころにノルウェーの作家が書いた児童書に出合い、北欧に興味をもちました。当時、北欧の文学作品はあまり紹介されておらず、古本屋で見つけては買っていましたね。高校時代にはカレワラ(フィンランドの民族叙事詩)に夢中になり、(フィンランド出身のノーベル文学賞受賞者)シランパア著の『若く逝きしもの』にも感銘を受けました。この本は今でも時々読むんです。ドラマチックではありませんが、静かな慎ましい語り口に胸を打たれます。

通っていた高校で、海外と文通したい生徒がいれば仲介すると言われ、スウェーデン、ノルウェー、デンマークとフィンランドに手紙を出しました。でも、返事があったのはフィンランドだけ。僕は当時16歳で、フィンランドのペンパルは10歳の女の子でした。

10歳の女の子!まだ彼女とやり取りはあるんですか?

はい、まだ健在ですよ。僕が芸大に入ったころ、セリム・パルムグレンのピアノ協奏曲の楽譜を送ってくれたんです。日本では聞いたこともないフィンランドの作曲家でしたが、ピアノで弾いてみたら素敵な曲だった。当時ピアノを習っていたポーランド人の先生に楽譜を見せると、彼はこの曲をベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で弾いたことがあり、オーケストラの楽譜もパート譜も全部持っていたんです。芸大のオーケストラで演奏しないかと掛け合い、山本直純の指揮で2回演奏しました。パルムグレンの『ヴィルタ(流れ)』という曲で、日本初演は僕がしたんです。大学2年のときです。

それで1964年には、ヘルシンキに住むことを決意されたんですね。

大学を卒業して2年経った1962年、初めてヨーロッパを旅行しました。パリやミュンヘン、モスクワ、北欧諸国を訪れ、ペンパルがいるヘルシンキには2カ月滞在しました。そこで、彼女の家族や周りの人々から良い印象を受けたんです。慎ましい暮らしながら誇りをもっていて、自分たちを大切にしていました。(育った環境との)共通点も感じられて、静かな環境が気に入りました。
日本に帰国後、演奏活動で忙しくなったのですが、日本だけでは過ごしたくないという気持ちがありました。外国でピアノを勉強する考えはまったくなくて、ただ新しい世界に触れてみたかった。そのときに行きたいと思ったのがフィンランドでした。

音楽家としてのフィンランドとの関係についてお話いただけますか?

日本とフィンランドは、音楽面ではずっと良い関係にありました。まずシベリウスがいて、古くいえば侯爵の近衛文麿がフィンランドでオーケストラを指揮し、シベリウスを演奏したこともあります。(日本フィルハーモニー交響楽団を創設した指揮者の)渡邉暁雄の母親はフィンランド人の声楽家で、彼はフィンランドの曲、主にシベリウスをたくさん指揮していましたね。
僕もフィンランドに住みはじめてからは、日本に帰るたびにフィンランドの曲を演奏し、日本でもフィンランドの楽譜が手に入るように尽力しました。そうやって、フィンランドと日本の文化交流が非常に活発になってきたんです。

フィンランドには立派な演奏家がたくさんいます。チェロはとくにいい。シベリウス以外でも、エイノユハニ・ラウタヴァーラやユルヨ・ヘンリク・キルピネンなど素晴らしい作曲家が多いのに、日本ではまだまだ知られていない。もったいない話だと思い、1985年から10年間、「フィンランド音楽祭」という名のもとフィンランドの演奏家を日本に招きました。

もちろん、日本にも素晴らしい音楽家がたくさんいる。それをフィンランドにも知ってもらいたいと思って、オウルンサロ音楽祭を1997年に創設し、10年間監督していました。

皇后陛下美智子様とは、天皇陛下がまだ皇太子だった時代にお二人でフィンランドを訪れた1980年代からご交流があるとか。「左手のピアニスト」として復活されて間もなく、駐日フィンランド大使館で開催されたコンサートについてお聞かせいただけますか?

2005年に開かれた「美智子様のコンサート」ですね。美智子様はシューマンのピアノ四重奏曲やモーツァルトの五重奏曲を弾かれました。当日、実はサプライズがあって、美智子様と私が「三手連弾」を披露したんです。でも三つの手用の曲は存在しなかったので、作曲家の吉松隆に曲を書いてもらいました。

美智子様はシベリウスがお好きなんですよね。

ええ。(1993年に)赤坂御所に招待されたのですが、そのとき美智子様は言葉を失われていました。シベリウスの曲を数曲弾いて失礼するつもりが、天皇陛下が「もっと弾いてください」とおっしゃった。妹と連弾したときは、天皇陛下が別の部屋から椅子を持ってきてくださった。それから美智子様が筆談で「私も弾いてもいいですか」とおっしゃり、シベリウスの『樅の木』を弾かれたんです。その後一緒にお食事し、結局3時間くらい滞在しました。
翌日、紀宮様からお電話があって「母が大変喜んでいた」とお礼を伝えられました。そして「私には母が昨晩、話したように思えました」とおっしゃったんです。あとで知ったのですが、お電話をいただいた日、美智子様はささやき声ながらも、ゆっくりと一つの文章をお話になられたそうです。それを知って、深く感動しました。

フィンランドに移住して、もう50年以上経ちます。音楽家として、フィンランドからどのような影響を受けたと思われますか?

僕はフィンランドの自然が大好きなんです。人々も自然のなかに入って生活している。夏は別荘で過ごすのですが、湖の水が光を受けていろんな具合に光るんです。水の姿を見ていると、飽きることがないですね。滝のように流れてきた水が、平なところでは静かになって。自然の現象がさまざまな出方をしていて、それがフィンランドの音楽にも表れていると思います。

日本とフィンランドの関係は、今後どのように発展していくと思われますか?

音楽の良好な関係が今後も続くことを期待します。2019年5月20日から30日まで、東京、札幌、函館、福島、福山の5カ所で100周年記念コンサートを開きます。5月25日に東京オペラシティで開催するコンサートでは、シベリウス、ノルドグレン、ラウタヴァーラ、そして光永浩一郎のピアノ協奏曲も演奏します。たくさんの方々が来場し、楽しんでくれると嬉しいです。

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